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社会制度カルチャー
2018.5.17

”違法”だった深夜のクラブを合法に変えた弁護士が語る 「ルールをアップデートする方法」

昨年の6月に風営法が改正され、それまで「違法」であった深夜0時以降のクラブ営業が一定の条件で合法になった話は、知っている人も多いかと思います。この改正は、音楽業界や運営事業者そして国会議員など、様々な人たちが声を上げることから実現に至りましたが、そこで大きな役割を担った一人が弁護士の齋藤貴弘さんでした。
斎藤貴弘(弁護士) / 聞き手:林厚見(東京R不動産 / SPEAC)
齋藤さんはかつて音楽活動をしていた時期もあり、今も現役DJでもあります。今回のインタビューではクラブカルチャーを守っていくための活動の話にとどまらず、「社会の様々なルールのアップデートをどうやって実現していくのか」についての思いを聞かせてもらいました。

変化のきっかけ

〜かつて「違法」だったクラブやライブハウスの深夜営業に関する規制の緩和を実現した「Let’s Dance署名推進委員会」などの活動やそこから生まれていった成果の話は興味深く見ていました。これについての経緯は”「夜の市長」がナイトカルチャーを変える” や、”東京の「夜文化」は日本経済活性化のカギだ”などにも書かれていますが、おさらいさせてもらえますか?

斎藤:はい。もともと70年も前にできた法律で「ダンス」をさせる営業する空間というのは風俗営業にあたるものとされ、原則24時(地域によっては午前1時)以降の営業は違法だったんです。その昔にダンスホールやキャバレーが売春の温床だといった考えから制定されたんですね。

2012年に大阪で大規模な摘発があったときに坂本龍一さん等のミュージシャンやDJなどが呼びかけて、そうしたルールが時代に合っていない、音楽文化を抑制するものだとの声を上げたのがはじまりでした。

〜そこから署名運動が盛り上がり、さらに国会議員が動く形で「ダンス議連」が立ち上がっていったのですよね。

斎藤:そうです。市民運動が大きな動きになったとしても、法律を変えるのは簡単ではありません。市民運動は一過性のお祭り的な盛り上がりで終わってしまうことが多いのですが、しっかり法改正に繋げていくために、国会にアプローチしていくことになりました。

〜齋藤さんはそこでどういう役割を?

斎藤:まず、クラブカルチャーがいかに熱いかを語るだけでは広い層からの共感を得ることができずなかなかコトが動かないわけです。音楽やダンス、ナイトエンターテインメントクラブといったものは一方で、観光、コンテンツ、都市開発といった点で産業の発展につながるものでもあると、そうした考え方を設定して行政なり社会なりが受け入れられる文脈をつくっていくことが自分の役割でした。

私は音楽をやっていたこともあるし、そっちの世界の人たちの考えは理解しているつもりです。その上で弁護士として、状況を整理して翻訳して国会議員も含め広い層の理解を得られるようなストーリーに組みなおし、それを実現できるように法的な枠組みを考え、制度設計をしていくというするような立ち回りをしていきました。


変革の体制ができていった

〜そうした中で「ダンス議連」が立ち上がったそうですが、そもそも議連というのはどういうものなんでしょうか。

斎藤:法改正を実現していくための議員の集まりです。議連を通じて、具体的にどのようなルールをつくるべきなのか、そしてそのための根拠や論理をどう整理していくか、議員とともに民間の様々な人たちがチームをつくって議論していったのです。

〜なるほど。そういうアプローチは一般的なものなんでしょうか?議員さんも忙しいわけで、市民の声があればすぐにそうしたものが立ち上がるわけじゃないですよね。

斎藤:今回は多くの署名や世論の盛り上がりがあり、議連を立ち上げてもらうことができましたが、他方で、多くの議連はあまり動いていないという現実もあります。議連を立ち上げてもらうだけでなく、例えば、事業者が団体を作るなどして継続的に議連に対して働きかけをしていきました。

その中で、議連は所管官庁である警察庁に対して閣法(=行政が発案・設計する法律)による法改正を促しましたが、規制緩和に対して警察庁が積極的に動くのは立場的に難しく、議連が議員立法という形で、法案を策定することになりました。

ただ、法改正は所轄官庁にとっては様々な既存の枠組みとの整合性を解く必要がありますし、特に規制緩和というのはそれによって生じるトラブルのリスクなどへの責任もあるので、できれば責任主体である監督官庁の方でリードした方がよい面もある。

当初は閣法に対して消極的だった警察庁も、議連が実際に議員立法を作り、それを法律として通そうとしたところ、閣法としての法改正に向けて動いてくれるようになりました。

〜なるほど。様々な立場をケアして進めていったんですね。

斎藤:お互いの立場でそれぞれの課題がありますから、それを読み解きながら、コンフリクトをなくしていくようなルールのデザイン、あるいはそのプロセスやロジックのデザインが必要なんです。


次なるステージへ

〜その風営法改正はしかし、まだまだ充分なものではないんだという話がありますが。

斎藤:営業許可を取得を条件に深夜営業ができるようになりましたが、許可の条件として、例えば客室面積が33㎡以上必要だったり、エリアが大規模繁華街に限定されていたりと例えば小箱にとっては物理的に超えられない条件が残っていたり、立地に関しても「大規模繁華街」以外ではクラブ営業の許可は出ないなど、制約がまだ多くあります。

途上というべきでしょう。しかし、そこから発展した動きとして「ナイトタイムエコノミー議連」というのが立ち上がっています(注:その座長が齋藤さん)。

〜「夜の経済」の議連ですか。

斎藤:これは「時間市場」つまり具体的には夜の時間の経済を活性化させることを軸とした、新たな政策立案に向けた議連グループです。現政権が掲げる規制緩和による成長戦略これは国の一環としてもとしても検討すべきテーマとして注目されていますたんです。

ダンス議連と警察庁が風営法改正を実現して夜の扉を空けた。その先に新しい夜間経済を作っていこうという動きです。観光、コンテンツ、都市活用都市活用×観光×時間といった話ですね。電鉄やバスの会社など交通関連事業者や不動産開発事業者、観光関係の業界団体も加わっています。

ダンス議連は警察庁との協議が中心でしたが、今後は国交省、観光庁、経産省、内閣府、文化庁など多くの省庁がかかわり、風営法の規制緩和だけではなく、推進策について多角的な検討をしています。

〜なるほど、ナイトエコノミーといえば、欧米ではナイトメイヤー(夜の市長)というのがありますよね。

斎藤:はい、アムステルダムで始まったのですが、夜の経済を活性化させるためのリーダーというものです。昨年はナイトメイヤーのサミットなんかも開催され、出席してきましたが、真面目な議論が交わされていました。

〜日本でも、クラブに端を発してより広い社会改善の動きになっていっているわけですね。


社会を変えていく方法論と弁護士の役割

斎藤:そうです。こうした状況に関連して私が強調したいのは、社会をよりよいかたちに持っていくための「方法論」なんです。

クラブの話でいえば、クラブの一斉摘発を契機としてある事件を契機として「市民運動」が起こり、その次には実際にルールを改善するための体制がつくられ、議員や省庁なりが実現に向けて動いていく。

そのあいだ、様々な情報が発信されて幅広い意見が交わされ、政府や省庁の人たちの理解も深まっていくわけです。

そして徐々にルールが変わるとともに、もっと大きなテーマに発展し、社会の枠組みがシフトしていくという流れ。こういうプロセスを人々が広く知り、再現可能なフォーマット化していくことが重要だと思っているんです。

〜それにしても、弁護士がボランティアでやったというのはすごいことだと思います・・

斎藤:ボランティアでやったのが偉いでしょという話にするつもりは自分としてはないんです。

例えば、他の弁護士が他のテーマでロビイングやルールメイクにかかわろうとしたとき、ボランティアベースだと、かなりハードルが高くなってしまいますので、仕事をつくることとどう並走させるかは考える必要があります。

が、弁護士にはいくつかの仕事のアプローチがあり、その中でこれから「戦略法務」というのが大事になってきます。

〜戦略的な法務、ですか。

斎藤:つまり弁護士の仕事というのは、まず臨床法務という紛争を解決する仕事がまずあり、次に予防法務といって紛争を避けるための構造をつくる仕事があります。そしてさらに戦略法務、すなわち産業なり事業をより発展させていくために、ルールを戦略的に「デザイン」していくというものです。法務面から戦略をつくって実行していく仕事。

今回のクラブ営業の活動も、そうした戦略法務としての側面があるわけです。そういう意味では自分にとっては「仕事」の開発に関わるチャレンジ、学びでもあるんです。外資はゲームのルールをつくっていくのがうまいですが、日本はまだまだそこは下手ですからね。

グローバル化が進んでいくなかで、ルールの枠内でビジネスをするということに加え、ビジネスに合わせてルールを作っていくという視点が重要になってきています。


法律を変えなくてもできること

〜なるほど。ところで法律を変えるというゴールは最初から設定していたんですか?

斎藤:必ずしもそうではなかったです。

一連の活動の経緯においては、最初から道筋が見えていたのとは程遠く、様々な状況の中で次の一手を議論して動いていきました。最初の分かれ目は、法律を変えなければいけないのか、はたまた法律の「解釈」を変えればいいのかということがあります。

法律を変えるのは大変なことなので、解釈を変えることで問題が解けるならばその方がいいですから。そして次に、監督省庁にいくか議員アプローチかといった分かれ目があります。

〜解釈というのは曖昧じゃないですか?継続的なルールになるんですか?

斎藤:わかりやすい形としては、省庁から「通達」を出してもらうことでルールとして定着させることができます。

これについてはこういう解釈ですよ、というお知らせを公的に出すわけです。クラブ営業とは風営法における「ダンス」にはあたりません、とかね。

〜ちなみに、実際に法案を書くのは誰なんですか?齋藤さんですか??

斎藤:担当省庁原案を作成し、法制局が様々な法律との整合性も含めてチェックをしていきます。その手前で大枠のかたちをつくる作業は議員と一緒にしたりもしました。

〜昨年の改正以降、クラブへのガサ入れはなくなったんですか?

斎藤:営業許可が取得できない店舗、規制対象になるか曖昧な営業もありますが、大規模な行政指導や摘発は現時点ではありません。ただ、今後どうなっていくのかは注視が必要だと思います。

〜ちなみに海外ではどうなってるんでしょう?

斎藤:深夜の飲食やダンスといった領域については海外も厳しいのは共通しています。ダンスによる規制というより、深夜のお酒の提供や販売が厳しく制限されているようです。

他方、ナイトエンターテインメントが産業として認知されており、観光資源としての支援があったり、夜間交通が充実しています。ヨーロッパには劇場と同じく、クラブも文化施設ということで減税措置を受けることができる国もあるようで、日本に比べると色々な仕組みがある印象です。


モンスター問題

〜話は少しずれますが、いわゆる「モンスター」の問題について思うところはありますか?多くの人が欲しいものでも少数のクレームによってなくされてしまうという・・

斎藤:今まではあうん(の呼吸)でなんとかうまくやってきたことが、そうもいかなくなってきた、ということは増えていると思います。

クラブのようなものだって、ビジネスライクに産業としての効率論やリスク排除ばかりやっていくと、小さいものはいらないね、という話にもなっていくわけですよね。でもそれでは文化も街もつまらなくなって結局経済も含めて長期的には下がっていく。

やはり、サイレントマジョリティ(モノ言わぬ大多数の人たち)が、あるべきものをなくさないようにするための考え方やスキルを持たないといけないということは確かにあります。

ただそれには時間もかかるわけで、そういう意味でも大局的な視点に立った戦略法務が必要であり、我々のような弁護士の出番もあると思っています。

〜祭りや街の音楽イベントも、騒音でクレームが入ることが増えています。すると警察がすぐに飛んできたりするので結局しぼんでいかざるを得ないようなところがあります。しかも警察も止めたいと思っているわけではないのに止めざるを得ない、みたいな。そういう状況を変えていきたいと思ったらどうしたらいいんでしょう?

斎藤:事業者団体なり住民団体なりをつくって窓口になることがまずは一つです。そしてあるべき姿について調整していったり。

本来は騒音の基準がちゃんと決まっているので苦情を申し出る人の側に基準に違反していることの立証責任があるわけです。なので、警察はクレーマーのようなケースには本来対応しなくてもいいのですが、他方、法律違反かどうかというよりは、さらなるモンスター化を避けるべく「ガス抜き」をしているという部分もあるんだと思います。


「グレーゾーン」の意味

〜むむ!そうか・・そうしたグレーゾーンのやりとりも意味があるということか・・

斎藤:そう、グレーゾーンは実は重要なんです。法律のロジックで全て明確にしてしまうのではなく、解釈の幅の中で利害を調整していくというのも意味があるんですよね。

著作権法では米国の「フェアユース」というのがあります。一義的には著作権に触れるようなものでも、公正な利用ならいいというルールがあるのです。

他の法令でも例えば、「おおむね○○」「もっぱら○○」「著しく○○」といったフレーズが用いられることがありますが、それもある意味フェアユース的なグレーゾーンと言えると思います。

法律も時代に常に追いついているわけではないので、移行のプロセス、緩衝材としてのグレーゾーンでの運用というのは必ずしもあってならないものではないと言えるでしょう。


僕らに何ができるか

〜それは納得感のある話です。ところでこういうルールメイキングというのは本来は役人の仕事ではないのでしょうか?市民が動かなきゃいけないのもおかしな話というか。

斎藤:どんどん複雑化・多様化が進む現代で、市民と行政のコミュニケーションはより重要になってくると思います。本来はそうです。ただ現実はそれだけでは常にタイムリーにアップデートされないのも事実です。

官庁側が現場の情報や肌感覚を常に持って、全てを察知して先行してルールをつくるのは難しいでしょうし、立場的にも積極的に動くのが難しい場合もあります。

例えば警察は、時代に合わせて風営法をアップデートするという発想はさすがに難しいところがあって、まずは安全安心を守ることがメインですから。でもそれだと機能不全が生じるので、事業者や市民の声も必要でしょう。そしてそれがワークしていくのは必要なことなのだと思います。

陳情とか政策提言のやり方も、一方的な要望ではなく、対立利益や課題にも配慮する必要があると思います。例えば、風営法改正にあたっても、深夜営業を認めたら治安悪化を招くのでは?という懸念に対して、無法状態で深夜営業をさせるよりも、しっかりルールを決めて適法に深夜営業をさせた方が逆に治安は良くなる、というロジックで理解を得ることができました。

対立軸をつくって叫ぶということでなく、こうしたら産業の発展につながるとか、失うべきでないものが救えるとか、多面的・全体的な目線でポジティブなストーリーを考えていくことも大事です。

〜いろんな価値観がありますからね。全体のあり方を決めるルールをつくるには一面からだけの叫びではうまくいかないというのは、言われてみれば当然ですよね。

斎藤:これまでのロビイングは「裏でこそこそ」という感じもあったかもしれませんが、今回の話はある意味で「オープンイノベーション」的な座組みとプロセスだったと言えるかもしれません。それはこれからもっと広がるべきと思っています。

やれるべきことはいろんな領域にあります。LGBTに関することでも、シェアエコノミーの話でも。どんどん新しいアジェンダが出てくるでしょう。

〜なるほど、そのオープンイノベーションを支えるようなプラットフォームがあるとよいのでしょうね。どうもありがとうございました!