Rule & Commons ルールから街を変えるためのメディア

メニュー
景観 / デザイン社会制度
2018.5.17

「横丁」は消えていくものなのか?!  
〜容積移転の話をもう少し掘ってみた

以前のコラム(こちら) で西村浩さんと馬場正尊さんと「横丁の飲み屋街がごっそり高層ビルになっちゃうのって、どうにかならないの?」という話をしていて出てきたのが「空中権を移転すればいい」というアイディアでした。Oh, これって名案?!と思ったわけですが、まさにそれを研究している人がいました。
林厚見(東京R不動産)
...

最近の東京で言えば、武蔵小山の暗黒街や京成立石あたりで、いわゆる「横丁」「密集低層商業地」の空間がガサッ!とタワーになる話がちょいちょい話題になりました。「横丁がなくなるの、つまらないよ!」という話もあれば「きれいになってありがたいわよ〜」という話も、あります。地権者(不動産オーナー)にとっては、開発された方が経済的にメリットが大きいため、こうしたことは今後も各所で進んでいくでしょう。

でも、街全体の視点で長期的に考えると、今となっては珍しい横丁空間は街の個性や魅力であり、再開発してなくしてしまうことは経済的にもマイナスなんじゃないか?と思ったりするわけです。かといって、どうすればいい形で残るのか。文化財として守ろうというのも無理があるし(それだけの価値があるのかよ?!という話や、文化財にするとオーナーはがんじがらめになるよ、等々)、地権者の権利というのも当然あるわけで。

そこで「容積移転」です。どういうことか簡単におさらいしましょう。

横丁を開発してタワーにすれば、その土地の上の建物の床面積は大きく増えることになり、不動産オーナーにとっては基本的には儲かります。特に駅の近くだったりすれば土地の価値が高く、マンションやオフィスにすれば高く売れるので、資産価値は大幅に上がるわけですね。オーガナイズするディベロッパーからすれば、権利をうまく取りまとめることさえできれば、オーナーに高額のお金を払っても利益を生むことができます。開発することに名残惜しさはあるとはいえ、一方では防災の話もありますし、関係者にとっては開発の動機はかなりあるわけです。実際、そうした場所の不動産オーナーたちの多くは実際に開発を望んでいるのです。

そんな中、低層商業密集地域(横丁)を維持しようと思うならば、開発したときに地権者が得られるだけの利益を別の方法で実現する必要がある、というわけです。そして、そのための方法が「空中を売ること」なのです。駅前の商業地などは、法規的にも数十階のタワーにすることもできる場合が多いため、「活かせるはずの空中(→容積率)を有効に使っていない」という話になります。そこで、この「余っている容積」を、近隣の他の開発案件を手がける事業者に売却するわけです。そうすれば、高層ビルに建て替えずとも、従前のままの低層の横丁のままで経済的なメリットは得られることになります。

これを可能にする制度として「特例容積率適用地区制度」というのがあります。東京駅の駅舎を残す時にやってるんですね。この制度によって、少し離れた敷地に容積移転をすることができるようになったのです。

これについて調べていたら、なんと既に大学の都市計画の研究者たちが同じ切り口で研究してました。さすがアカデミー。”ダメ人間プレイス”万歳などと言っている不動産屋の考えることなど遅い遅い・・ということで、それをテーマに論文を書いていた人に話を聞きに行ってきました。

ちなみにその論文はこちらにサマリーがあります。ここでは中野の駅前を例にとって、低層商業エリアの空中開発権を中野サンプラザのあった土地に売ったらどうなるか、という話などが検討されています。

これを書いたのが西田さん。今は鉄道会社で地方都市の開発事業などを手がけてらっしゃいます。ふだんは企業で働きながら、密集市街地の研究をする先生のもとで論文を書かれたそうです。

ー こんにちは。このテーマに興味があって、調べていたらこの論文を見つけまして。テンションが上がりました。

(西田さん)よくぞ見つけてくれましたね。だいぶ前なんですけどね。

ー この研究をやろうと思った理由には、ご自身が低層密集商業が好きだったこともあるんですか?

まあそうですね。闇市の名残りのような空間は、歴史的建造物とは言われないものですが、ある種の文化資産と言えるんじゃないかという思いはあるし、個人的にも好きなんです。

ー 共感しますねえ。先生たちも共感したんでしょうか?

ううん、先生たちは「残さなきゃいけない価値あるかなぁ・・」という感覚だったように思います。

ー うっ、そうですか。まあ確かにわからないではないですね。僕らがリノベーションするのときに古い躯体をむき出しにした空間をつくったりすると、年配の方々に「あの頃の大変だった暮らしを思い出すのよねぇ・・」と言われたりしますし。

そうですね、我々にとっては価値があるといっても、それは「珍しいから」でもあるでしょうからね。でもそれは「貴重」だということでもありますよね。

ー 容積移転のアイディアは自分で思いついたんですか?

いえ、正直に言うと、自分のやりたいことを大学院の指導教官の先生に相談したところ「西田くん、それは『容積移転』だよ!」と言われたことがきっかけです(笑)。容積移転は、国内では今のところ、東京駅周辺で、丸の内駅舎や三菱一号館美術館など、歴史的建造物の保全のために使われている例があるだけです。米国では、もっと多く事例があります。横丁ではないですが、東京の下町の木造密集市街地を不燃化して建て替える際に、容積移転が使えないか、都市計画の有識者が議論したものを共著にした文献はあり(「東京モデル」)、参考にさせて頂きました。

ー なるほど。でも、この考え方はあまり広くは知られていないですよね。

そうですね。 もともとは、文化的価値の高い建造物の保全という観点から生み出されたアイデアですからね。「横丁の保全」に容積移転を使えないか? という発想は、突飛に思われる人が多いでしょうね(笑)

ー なるほど・・しかしやっぱり横丁のような空間は、都市の魅力要素であり、その街の競争力にもなると思うんですよね。ゴールデン街に押し寄せる外国人たちにとっても、僕ら日本人にとっても。

東京駅は容積を向かいのビルに売却した

ところで、特例容積率適用地区制度 の適用は東京駅以外でもけっこうあるんですか?

それが、まだないんです。

ー えっ、そうなんですか。それってつまり、ニーズがないか、ハードルが高いのか。

ニーズがないわけではないです。むしろハードルが高いんです。

ー それはどういうハードルなんでしょう?

まず、横丁や低層商店街の保全のために、容積移転を用いるということに対する、社会的な

コンセンサスを得ることですね。建築敷地を跨いで容積の売買を自由に認めるには、行政としても、それなりの理屈が必要です。「街中どこでも売買して良い!」となったら、世の中の不動産取引は、恐ろしい「無法地帯」になってしまいます。丸の内駅舎のような文化的価値の高い建物であればまだしも、横丁については、賛否が分かれるところです。でも、私が調べた中野の五丁目商店街と吉祥寺のハモニカ横丁は、行政も「街の個性」と認識していて、「雰囲気を継承していきたい」と考えておられるようです。

ー なるほど、確かに。敷地を跨いで容積がどんどん移るなんてことになったら、そもそも意味をもって設定された容積率の考え方自体が崩れてしまいますからね。。防火や耐震といった防災についてはどうなんでしょう?技術的には解けなくはないですよね?

はい、無理ではないです。方法はあると思いますね。それと、容積を売買しようとしたときに問題になるのが「どうすればフェアか」という評価の仕方なんです。

ー というと?

例えばですが、売る方の場所が駅前で、買う方の場所は少し離れていたとすると、同じ容積・面積を取引するとしても双方で価値が違うわけです。それをマーケットだけに委ねていいのか、といった問題があります。適切なルールづくりがもっと進まないと難しいんですが、そもそも防災視点から見たら危ないと言われやすい環境を残すためにその手間をかけていくことはなかなか進みづらいのが現実でしょう。

ー なるほど。

それからタイムラグの問題があるんです。買いたい人がそのときにいるとは限らないと。

ー それについてはアメリカでは、容積率をいったん買い取って、買い手が現れたら売るということをするバンクがあると聞きました。日本にはないんですね。。

ないです。できたらいいんですが・・米国でもどこでもうまくいっているというわけではないようです。バンクが容積を買い取ってから売るまでの間に資産価値も変わりますから、誰かがリスクを負うことになります。

ー でも不動産事業の観点からすればチャンスと言えなくないですよね。不動産・金融に強い企業と行政が組んだりして・・。新たなルールとともに社会課題が解け、そこにビジネスチャンスがあって(プレイヤーが登場して)コトが進む、というのは本来よいことですからね。でも簡単でないことはよくわかりました。

この考え方は、原理的にはいろいろ使えるはずだと思っています。東京駅丸の内駅舎のように、文化的価値が高い駅舎、景観的に地元に愛されている駅舎を、保存したり復元したりといったことが、もっとできないかと思いますね。保存・建て替えの話なんかでもそうかもしれませんよね。

ー あ、なるほどです。僕にとっては原宿駅などはすごく身近な話です。俄然、動きたくなってきます。

駅舎敷地の余剰容積を近隣に売却して、不動産としての経済ポテンシャルを活かした上で、風情と歴史のある駅舎を保存する、ということができれば、win-winの着地点があるのかもしれません。それが地元に望まれることなのか等、色々な検証は必要でしょうが、研究をする中でそうした議論がもっと起こるといいなとは感じました。

ー そうですね。もっと勉強が必要だなということがよくわかりましたが、この話、引き続き考えてみます。

   ---------------------------

ということで、色々な学びがありました。西田さんの研究では、かなり詳細な経済シミュレーションがしてあり、かなり具体的に課題と解決の方向性が挙げられています。相当に根気よく取り組まないと実現しないことはわかりましたが、無理な話ではないとも感じました(欧米にはあるわけですし)。

きっとこういうことは「誰かが本気になる」かどうか、なんだろうなと思います(正直、自分が容積バンク事業の立ち上げをやることも頭をちょっとよぎってはいます・・)。

今回は、まずは問題提起あるいは解決の糸口の共有ということで記事にしてみた次第ですが、引き続き掘ってみたいと思っています。

最後に、本件に関する参考書籍を2つご紹介します。興味がある方はチェックしてみてください。

・東京モデル―密集市街地のリ・デザイン (link)

・伝統を今のかたちに (link)(法律家の観点から具体的な提案あり)